禁パチしようぜ!

ギャンブル以外にできること

うずうずしている内は健全?

      2016/08/22

末期は打ちたい欲求すら無いのに
打ちに行ったり舟券買ったりが日常でした。

やらないといけないというか、行動習性としてパチに向かう。

これが強迫的、ってやつなんでしょうかね。

平日は当たり前のように18時ダッシュ。
嫁に残業するとメールを送り。血走った目で
前の車を煽りながらパチ屋へGO。

休日はもちろん休出、友達と遊びに行くと言って
パチ屋へGO。

やりたい気持ちなんて多分そんなには無かったと思っています。

行かないといけない、
とすり込まれているかのごとくまっしぐらでした。

GAの提唱する「強迫的ギャンブラー」

こんなもの、ハァ?って思っていたんですけどね。

暫く離れて、当時の頭の中を思い出してみると
これがすごくしっくり当てはまる言葉になっていました。

なので、くそ~打ちて~って言っているうちは
健全だ、と思えますね。

欲求に逆らえない、生物的に真っ当だと思います。

私の場合、おそらくそれが習性となっていました。

さらに根深いものですね。

脳をカットしたわけじゃないですし、
WHOや専門家がどういっているかあまり興味はないですが
自分を分析するとそんな感じです。

私は半年弱いっていないですが、
最近いつまた迫られるか、ということが怖くなってきています。

頭の中を駆け巡るのは
自分がしてきたパチンコ前後の行動。

1.給料日の後、ATMでお金をおろし、
2.コンビニで飯を食い、ドリンクを勝ってパチ屋へGO。
3.夕暮れ時に金が尽きて更に出金。
4.残高がなくなるのでキャッシング。

この頃の行動が走馬灯のように駆け巡ります。

で、どこかで「もしいっても3.の線は超えないだろう」
というハリボテのストッパーが設置されているようです。
しかし、「そんなストッパーお前にはないだろ」という良心がまだあります。

そんな現状です。

パチ屋に行きたいわけではない。

何かが私にその行動をさせようと働きかけているというところでしょうか。

 - 戯言